上告受理申立に対する意見書

2022年4月25日

最高裁判所第一小法廷 御中

本意見書は、頭書事件にかかる申立人の令和4年2月10日付上告受理申立て理由書「第2 上告受理申立て理由」に対する相手方の意見を述べるものである。

第1 上告受理申立理由第1点について

1 地方公務員の再任用制度における任命権者の裁量と再任用を希望する教職員らの合理的期待について

(1)原判決は、地方公務員の再任用制度につき、次のように述べている。

再任用制度は、定年等により一旦退職した職員の任期を定めて新たに採用するものであって、任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令の定めはなく、また、任命権者は成績に応じた平等な取り扱いをすることが求められると解されるものの、再任用選考の可否を判断するに当たり、従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令の定めもない。これらによれば、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる。

上記判断は、2018年7月19日最判を参照しており、その判断もほぼ同旨である。申立人は、上告理由書において、任命権者の裁量権につき縷々述べているが、原判決の上記判断については、不服を述べる趣旨ではないと思われる。

(2)他方で、原判決は、本件の特有の事情として、①本件通知が、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づいてなされたものであり、その趣旨に対応した再任用制度の見直しを府教委が行ったこと、②国家公務員や民間労働者についても本件通知に沿う法的対応がなされていたこと及びそれらの内容が年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられ、無収入期間が発生しないように雇用と年金の接続を図るものであったこと、③被控訴人の教職員の再任用率は平成26年度以降、99.45%から99.92%で推移し、再任用を希望した者がほぼ全員採用されるという実情があったことをあげ、これらより、遅くとも、控訴人が再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には、再任用を希望する教職員には、再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ、上記合理的期待が生じた理由及びその裏付けとなっている社会的な要請からすると、この合理的期待は、法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。そして、このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると、再任用希望者は、再任用選考において他の再任用希望者と平等な取り扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められるとしている。

(3)申立人は、上告理由書において、上記①ないし③に対し、㋐究極的には定年の延長を行うに至らず定年退職者の再任用の制度利用に止まったこと、㋑再任用制度である以上、一定の基準に基づく選考を行っていること、㋒高年法の平成24年改正法の適用・民間部門への浸透状況や、国公法の改正に向けた状況は、原判決が安直に認定する「本件通知に沿う法的対応がなされていた」とは到底言い難いこと等から、原判決が認めた再任用されることへの合理的期待は生じていないと主張するようである。

上記㋐㋑については、仮に定年が延長され、選考も実施されないとなれば、任命権者には再任用選考の可否を決める機会がなく、当然の帰結として、可否を決める裁量はそもそも存在しないということになるであろうから、任命権者に裁量権があることの根拠とはなるであろう。しかしながら、再任用希望者が再任用されることへの合理的期待が生じていないことの根拠とはならず、原判決の上記①ないし③に対する反論として全く的を射ていない。

また、㋒については、申立人は、その主張する実態を「後述する」と記載しながら、上告理由書の中では具体的な主張を行っていない。なお付言すれば、本件通知が発出された後、東京都及び多くの自治体において、「雇用と年金との接続」を図るために再任用制度が改正等され、希望者は原則としてほぼ全員が採用される運用がされている。

(4)要するに、原判決の「平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には、再任用を希望する教職員には、再任用されることへの合理的期待が生じていた」との判断に対し、申立人による上告理由は、何ら反論らしき反論となっていない。

2 本件再任用拒否が著しく合理性を欠くとはいえないとの申立人の主張について

(1)はじめに

原判決は、本件再任用拒否につき「本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。」と判断した。

これに対し、申立人は、上告受理申立て理由書で反論を行っている。しかし、申立人の反論は、従前主張してこなかった新たな事実を何の裏付けもなく主張するものであるし、その内容自体も不合理であるから理由がなく、上告受理申立ての要件を充たさない。

以下、詳述する。

(2)懲戒処分歴を重視した判断が平等原則に違反しないとの主張について

申立人は、「職務命令よりも自己の見解を優先させてこれに従わず懲戒処分を受けた者について、当該職務命令違反による懲戒処分についてより重きをおいた考慮をして判断したとしても…諸事情を総合考慮した判断として合理性に欠けると断ずることまでは言えないというべきである」とか、「結果として過去に職務命令に違反する行為を行ったか否かという点を特に重視したとしても、著しく不合理であるということはできない」などと主張する。

しかし、府教委が、「職務命令よりも自己の見解を優先させてこれに従わず懲戒処分を受けた者について、当該職務命令違反による懲戒処分についてより重きをおいた考慮をして判断した」などという事情は、申立人からこれまでの審理の中で一度も主張されたことがない新たな事実であり、原判決もそのような事実認定をしていない。

実際に、府教委が、「職務命令よりも自己の見解を優先させてこれに従わず懲戒処分を受けた者について、当該職務命令違反による懲戒処分についてより重きをおいた考慮をして判断した」という事実を裏付ける証拠はこれまで一切提出されていない。1回目の審査会の議事録にはそのような記載がなく、1回目の審査会が開催された当時再任用事務の職務に従事していた石村佳之氏も相手方については「懲戒処分歴、研修後に提出された『文書』や意向確認の経緯もふまえ、総合的に判断して、結果再任用選考結果を『否』とする意見となった」旨供述しているに過ぎない。

このように、申立人による上記主張は、それを裏付ける証拠がなく、法令解釈の誤りに名を借りて新たな事実を主張するものであり、上告受理申立ての要件を充たさないことは明らかである。

(3)相手方が職務命令よりも自己の見解を優先させたことを不利に評価されることはやむを得ないとの主張について

申立人は、「内心の動機がいかなるものであれ、職務命令よりも自己の見解を優先させ、職務命令に違反することを選択したことが、その再任用教員としての選考において不利に評価されることはやむを得ない」などと主張する。

しかし、府教委が、相手方が職務命令よりも自己の見解を優先させ、職務命令に違反することを選択したことを再任用教員選考において不利に評価した、などという事情は、申立人からこれまでの審理の中で一度も主張されたことがない新たな事実であり、原判決もそのような事実認定をしていない。そのような事実を裏付ける証拠は存在せず、石村氏も「総合的に判断」したと述べるに過ぎないことは上述のとおりである。

そもそも、相手方が君が代斉唱時に起立斉唱しなかった理由は、教師としての思想信条に照らして起立斉唱できなかったことにあるところ、起立斉唱行為が国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であり、これに応じ難いと考える者にとってその歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められる点で思想良心の自由についての間接的な制約となる側面があることは原判決も認めるところであるから、相手方が君が代斉唱の起立斉唱をしなかった動機について「職務命令よりも自己の見解を優先させた」などと評価することは憲法19条の趣旨を完全に無視した暴論である。

さらにいうと、申立人の上記主張では、自己の見解を優先させて職務命令違反に及んだとする相手方の再任用を拒否しておきながら、自己の感情に任せて短期間に複数回の体罰に及んだA教員を再任用合格としたことの合理的説明が一切なされていない。

このように、申立人による上記主張はその内容自体が不合理であるし、それを裏付ける証拠がなく、法令解釈の誤りに名を借りて新たな事実を主張するものであり、上告受理申立ての要件を充たさないことは明らかである。

(4)意向確認の拒否により職務命令違反の蓋然性が高まるとの主張について

申立人は、「意向確認書への頑ななまでの不同意は、…式典の円滑な進行を図ることが本来求められる中での職務命令違反の蓋然性を高める要素にほかならず、かかる違反行為の態様が重視されることも、一概に否定し得るものではない。」などと主張する。

まず、申立人が主張する「相手方が頑なに意向確認書に同意しなかった」という事実は原審で認定されていない。むしろ、相手方は、2016年1月の研修時の意向確認書には2017年度以降に用いられている意向確認書と同趣旨の「今後、上司の職務命令に従う」旨記載して提出している。また、2017年1月に校長からの意向確認に答えなかったのは、質問内容がいわゆる違反質問にあたるためであり、2017年度以降に用いられている意向確認書と同じ文言であれば「はい」と答えると府教委に伝えている。この経緯に照らすと、頑なであったのは相手方ではなく、いたずらに前段の文言にこだわった府教委である。そして、相手方は、上述のとおり2017年度以降に用いられている意向確認書と同趣旨の「今後、上司の職務命令に従う」旨の意向を繰り返し表明していたのであるから、相手方の再任用を認めるに足りる意向確認は十分できていたというべきである。

また、相手方が意向確認に応じなかった理由は、意向確認がいわゆる「違反質問」に該当するからであり、これまで生徒に対する就職指導の中で違反質問には答えてはならないと指導してきたことから、それと矛盾する行動を取ることができなかったことにある。申立人の上記主張は、相手方が意向確認に応じなかった上記理由をまったく考慮せずに相手方の再任用を拒否したというに等しく、本件再任用拒否の不合理性をさらに強化する主張というほかない。

そもそも、府教委は、2017年2月3日に行われた商工労働部との面談において、「意向確認は、再任用選考のために行っているのではなく、処分を受けた職員に対する、一連の流れの中で行っているものである」と繰り返し述べているが、申立人の上記主張はこの発言と矛盾している。

このように、申立人による上記主張はその内容自体が不合理であるし、それを裏付ける証拠がなく、法令解釈の誤りに名を借りて新たな事実を主張するものであり、上告受理申立ての要件を充たさないことは明らかである。

(5)懲戒処分時の「反省」を考慮に入れて総合的に判定したとの主張について

申立人は、「「勤務実績等」を判断するにおいて、今後の勤務において同様の非違行為を繰り返さないことについて確認するものであり、過去の懲戒処分時の「反省」をも考慮に入れて総合的に判定している」から、反省等を過度に重視したものであるとした原判決は誤りであると主張する。

しかし、この主張によっても、原判決が指摘する「案件⑥事案は、短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり、このような行為態様に照らせば、教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく、教員Aが、2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとはいえない」との指摘に対して、何ら合理的な説明がなされておらず、原判決に対する合理的な反論となっていない。

(6)申立人の反論が相手方と教員Aとの取扱いの違いを一切説明できていないこと

原判決は、相手方と教員Aを比較して、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じていることが、過去の懲戒処分歴について他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものであると判断し、裁量権逸脱の結論を導き出している。

つまり、申立人は、相手方と教員Aについて、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果が逆転していることに合理的な理由が存在すると主張しなければ、原判決の誤りを指摘したことにはならない。しかし、申立人は、上告受理申立て理由書の中でその点については一切触れておらず、合理的な説明がなされていない。

(7)結論

以上のとおり、本件で上告受理申立て理由が存在しないことは明らかである。

第2 上告受理申立理由第2点(2018年7月19日最判に違反との点)

1 2018年最判の概要

2018年最判は、再任用に当たっての採用候補者選考の合否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているとした上で、

①少なくとも本件不合格等の当時、再任用職員等として採用されることを希望する者が原則として全員採用されるという運用が確立していたということはできない。

②再任用制度等は、定年退職者等の雇用の確保や生活の安定をその目的として含むものではあるが、定年退職者等の知識、経験等を活用することにより教育行政等の効率的な運営を図る目的をも有するものと解される

として、再任用制度等において任命権者が有する上記の裁量権の範囲が、再任用制度等の目的や当時の運用状況等のゆえに大きく制約されるものであったと解することはできない、としている。そして、2018年最判は、「その当時の再任用制度等の下において」と限定を置いている。

2 原判決が2018年最判に違反しないこと

(1)原判決は、2018年最判の「任命権者は成績に応じた平等な取扱いをすることが求められると解されるものの・・・・、採用候補者選考の合否を判断するに当たり、従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令等の定めもない。これらによれば、採用候補者選考の合否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる。」との規範に依拠した上で、事実認定の問題として、相手方を再任用しなかった府教委の判断に裁量権の逸脱濫用があるとしたものである。

再任用が裁量処分であったとしても、全くの自由裁量ではないのは当然であり、裁量権の逸脱濫用があれば違法と評価されうるのであり、2018年最判も、結論として再任用拒否を無条件に適法と評価すべきとしているわけではない。

(2)本件に即して言えば、申立人大阪府においては、再任用合格率は99.45%から99.92%という極めて高率で推移しており、2018年最判の事例における東京都の90%から95%をはるかに上回っていた。

2018年最判の事例は、2007年3月、2008年3月、2009年3月の東京都における定年退職者の再雇用教員・非常勤職員への採用を問題にしたものであるが、その後、2013年の総務副大臣通知の発出を経て、本件は2017年3月の定年退職後の再任用が問題とされている。大阪府では、再任用職員等として採用されることを希望する者が[小谷成美1] 全員採用されるという運用が確立していたわけではないとしても、ほぼ全員が採用されるという運用になっていたと言える。

そのような運用状況において、大阪府はあえて相手方を再任用しないという判断をしたことになるのであるから、その裁量権の行使については慎重に判断しなければならず、原判決はそのような慎重な判断を行った上で裁量権の逸脱濫用があると判断したものであるといえる。

よって、2018年最判と原判決の差異は、前提となる事実が異なることから生じているのであり、原判決には判例違反があるとは言えないので、申立人のこの点についての上告受理申立理由は当を得ない。


 [小谷成美1]「原則として」は不要では?